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会見・コメント

2017-04-06 12:14 追加

木村沙織引退報告会囲み全文「取材を封印したのは最後のシーズンに集中するため」

V・プレミアリーグ 女子 / 全日本代表 女子

OLYMPUS DIGITAL CAMERA――最後のリーグ公式戦では、いつも通りの明るい木村さんでしたが、今日は光るものが。

木村 3月5日の試合の日も泣きそうでした。ジン(田代佳奈美)が声をかけてくれたときすでに泣いていて、私もつられて泣きそうだったんですけど「最後は泣かないように」と思ってその日はたえられたんですけど。今日は緊張したのといろんなことが混じって泣いちゃいました。

――あのときは、「まだ引退した実感がない」と。今はいかがですか?

木村 そうですね、今は普通に練習も一緒に参加してるので、気持ちの部分は以前とは少し違いますがちょっとのんびりバレーに参加してるんですけど、オールスターが終わるまでは怪我もしたくないですし、ちゃんとやって終わりたいなと思っているので。そこが終わったら、やっとホッとできると思います。

――オールスターは最初から出る予定だったんですか?

木村 選ばれるかは(投票によるため)わからなかったので、出るも出ないも考えてなかったです。選ばれても、最初は引退するのに、それに出ていいものか迷いました。最後は東レアローズでリーグ公式戦で終わるのがいいのかなと思ってたんですけど、オールスターという場所でファンの方にもオールスターを楽しんでもらえたらいいなと思って、出ることにしました。できる限りのことは協力できたらいいなと思います。

――これだけ長い期間大きな怪我がなくて活躍してこられた秘訣は。親に感謝に一言だと思いますが。

木村 秘訣はないんですけど、ここまで大きな怪我がなかったのは、そこだけは親に感謝だなと思います。常に「いつ辞めてもいい」と思ってやってきた。20歳のときとか、まだ世界を知るか知らないかの時から、「いつバレーから離れてもいい」と思ってやってきたので逆にそれで長く続けられたんだと思います。

――なぜそのように思っていたんですか?

木村 「人生、バレーボールだけじゃない」と思うので。常に、その時その時、精一杯、悔いなく試合も戦ってきました。なので今日やめてもいいや、と思えるくらいの常に本気でできてたのかなと思います。

最終的に今月末(取材日は3月22日)までやれてよかったなと思ってるんですけど、リオ五輪のあともロンドン五輪のあとも終わろうとも思ったこともあったし、2015年のワールドカップのあとに終わろうと思ったこともあったし、やめようと思ったことは結構あるんです。周りの方にサポートしてもらったり、支えてもらって、ここまでできたかなと思います。

――もう一回やっちゃおうかな?とか思わないですか?

木村 何かの記事で、絵里香さんがそうやっていってくれているのをみたんですけど、ないですね(笑)。次は絵里香さんを応援する側に回りたいです。今まで何があってもバレーが一番で、その次に家族とか自由とかあったんですけど。(涙ぐんで言葉に詰まる)そこの順番を、一番を家族で、と。

何があってもバレーが一番、それが当たり前だったので、その順番を変えることもあまり思ってなかった。バレーが優先という環境でずっとやってきたので。引退すると決めてからは、やっとその順番が変えられるという気持ちはあります。

バレーやってる間はその順番を変えたいなーというより、変えられない状況でやってきた。それを変えるときはやめるときだなと思っていました。トルコに行ったあたりから、試合に出られなくても、負けても悔しくなくなってきたと感じていた。

――今まで旅行とか行くのも、必ずバレーシューズを持ってだったと思うのですが?

木村 それ旅行じゃないですよね(笑)バレーシューズもってたら(笑)

 
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