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コラム

2021-04-19 07:30 追加

サントリー14年ぶり優勝に必要だった最後のピース~柳田将洋が海外から持ち帰ったもの

SV男子

2020/21シーズンには、代表で3シーズン主将を担った柳田将洋が、4シーズンぶりに海外でのプレーからサントリーに復帰。監督も山村宏太へと交代した。世界最高峰のオポジットと、海外で経験を積んだ柳田の復帰で、サントリーが久しぶりに優勝するには最高のタイミングではないかとシーズン開幕前から期待は高まった。

柳田が今季活躍の場を日本に、そして古巣サントリーに選んだのは、当然コロナ禍が全く関係なかったわけではないだろう。昨シーズンの柳田はドイツリーグが途中で打ち切りになり、日本に帰国。次はどこで? という注目が集まる中、サントリーへの復帰が発表された。復帰にあたっては「オリンピック金メダリストのムセルスキー選手の存在は大きかった」と語っていた柳田。もちろんその言葉も嘘はなかったが、復帰の影にはチームを裏方で支えるスタッフの不断の努力があった。

優勝会見で柳田は、勝利を決めたあとの涙の訳を聞かれてこう答えた。

「自分が海外でやっている時にも目を離さず、僕のことを気にかけてくれたスタッフの方がいらっしゃいました。その人からは、『サンバーズが優勝から遠のいている。強いサンバーズを作るために戻ってきてほしい』 と毎年言われ続けていたのに海外を選んでいた。つまり毎年その方を振ってしまっていたわけなんですが、今季ここに戻ってきて、受け入れてくれて、優勝することができて、その人と抱き合った時に、それまでの記憶が甦りました。

自分が海外に出て行った時も、だからもう面倒を見ないというのではなく、常に気にかけてくれて、実際に来てくださったこともありました。その時に『体調はどうだ?』とか、『来シーズンはどうする?』みたいなシリアスな話ももちろんするのですが、僕にとってはそういった気遣いなどが大きなつながりでした。それを思い出して、少し感極まりました」

そのスタッフとは、前回の優勝メンバーでもあった栗原圭介シニアディレクター。筆者も柳田の海外での取材の際に現地で居合わせたこともある。栗原、山村は5連覇も選手として経験して来ているメンバーだ。「圧倒的に強いサントリー」を知っている彼らが、個々中数年のチームに歯がゆさを持っていたのは間違いない。“セッターらしいセッター”大宅、“世界最高峰の巨砲”ムセルスキー、それでもなし得なかった優勝に必要だったのは、一度はチームを去った柳田が、海外での経験を自分のものとしてサントリーにもたらした化学反応だった。

キャプテンの大宅は、少し向こうっ気が強いタイプの選手で、そこに代表で主将を何シーズンも務め、メディアからもファンからも非常に注目度の高い柳田が入ってきてどうなるのかは多少気にかかるところではあった。実際開幕してすぐの記者会見で柳田について聞かれたとき、大宅は少しだけ苦笑いしていたように思う。だが、それも試合を重ねるに連れて変化が現れた。山村監督は、「マサ(柳田)は、どんどん自分からコミュニケーションをとって発信していく。そして、言うだけじゃなく誰よりも早く来て練習に励んでいる。そういう姿を見て、他の選手達にも影響があった。練習やトレーニングに向き合う姿勢や、コミュニケーションを積極的にとること。それを他の選手達も同じようにするようになった。」とシーズン半ばで語っていた。

もちろん戦力的にも柳田の加入は大きかった。これまでのサントリーは、ムセルスキーが圧倒的な得点力を持っていたが、「ムセルスキーにはある程度打たれてもしかたないが、他の選手はきっちりと止める、拾う」という方法で対策されてしまっていた。だが、今季のサントリーは違った。ムセルスキー以外にも柳田という攻撃力が加わったことで的が絞りにくくなった。柳田の対角の藤中謙也やミドルブロッカーたちも攻撃意識が高まり、良い循環へとつながった。

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