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インタビュー

2017-04-03 17:38 追加

ベルナルド・レゼンデ「今が交代の時だと決断しました」

元ブラジル代表監督インタビュー

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試合会場では選手に劣らず写真、サイン攻めにあう人気者。写真:FIVB

試合会場では選手に劣らず写真、サイン攻めにあう人気者。写真:FIVB

長年、ブラジル男女代表を率いたベルナルド・レゼンデ監督が代表チームからの引退を発表し、男子代表にはレナン・ダルゾット新監督が発表された。レゼンデ元代表監督は五輪では、女子代表で銅2、男子代表では金2、銀2と輝かしい成績を残した。代表監督としての思い出や今後のことなどを聞いてみた。

 

■迷いに迷った決断

――リオでは金メダルおめでとうございました。自国の五輪というのは、今までの五輪と違ったものがありましたか。

レゼンデ監督(以下、監督)自分の国、しかも地元リオということで、とても感慨深いものがありました。五輪というのは、他の大会とは全く別格の唯一の大会です。予選リーグでは苦しみましたが、金メダルをとれて、本当に特別な時間でした。

 

――少しは楽しむことができたのでしょうか。

監督 いえいえ、とんでもない。15日間朝から晩まで試合の事に集中して、プレッシャーの連続でした。会場で家族や友人、日本からもパナソニックの方たちが来ているのを見て、束の間ですが、とても心がなごみました。

 

――8月の五輪後、年末に監督を辞めると決断するまで、ずいぶん時間がかかりました。

監督 正直、今でも迷っている様な気がします。代表チームは私の人生ですから、決めるのは容易なことではありませんでした。でも、最終的に今が代わる時だと判断しました。家族ともっと一緒に過ごしたいのと、バレーだけでなくブラジル全体の色々なことをゆっくり考えたいと思いました。リオ五輪の前に、これを最後に辞めようとは考えていませんでした。

 

――長い間、代表チームのセッターのブルーノとは、親子であり監督、選手という関係は難しかったですか。

つらい時は支え合い、勝利の喜びを共に分かち合えた監督とブルーノ。 写真:FIVB

つらい時は支え合い、勝利の喜びを共に分かち合えた監督とブルーノ。 写真:FIVB

監督 お互いを尊敬し合って、一緒に成長したと思っています。親子、友人、仲間など色々な言葉で私たちの関係は表せると思います。時には、「監督の息子だから代表に選ばれたり、試合で優位に起用される」などと批判も受け、彼の方がつらい思いをしたのではないでしょうか。アテネ五輪の後は、2大会銀で、ブラジルでは銀なんて誰も喜んでくれません。ですから、最後に二人で金メダルが取れ、ブラジル国歌が流れ、最高の勝利だったと思います。

 

――監督を辞められると、日本へ行く機会もなくなりますね。

監督 選手時代も監督になってからも、いつも日本で温かく迎えられたのは素晴らしい思い出ですし、自分にとってはミュンヘンのセッター、ネコタさんの国という憧れの地でもありました。5月に世界クラブチーム選手権で行くのが、監督として最後になるかもしれません。でも、実は今から東京五輪が楽しみで仕方がないんです。何度も五輪に行ったのに、一度も他の競技を見たことがないんです。だから、今度は家族と一緒にチケットを持って開場前に列に並んだり、旗を振って応援したりと、観光客の気分を味わってみたいです。何の競技を見ようか、そんなことを考えるのも楽しいです。

 

――ブルーノは以前、バドミントンのパンアメリカジュニアでメダルを取るほどの腕前だったそうですね。日本はバドミントンが盛んですから、観戦されるのはいかがですか。監督もバドミントンができるのですか。

監督 ブルーノはうまかったですよ。彼みたいにゲームはできませんが、私もお遊び程度ならできます。あれはおもしろいですね。

 

――ブラジル代表を率いた中で、思い出に残っている試合はどれですか。

監督 2001~2004年の男子チームがやはり素晴らしかったと思います。その中でも、2003年のワールドリーグ決勝でセルビア・モンテネグロを最終セット31-29で破った試合が心に残っています。

 

――女子代表の試合ではどうですか。

監督 1994年に初めてグランプリを制した時にキューバを3-2で破った時でしょうか。当時、ミレーヤ・ルイスのいるキューバに勝つことは不可能に近かったですからね。1999年にパンアメリカでもう一度破って優勝したことも思い出深いです。アトランタ五輪とシドニー五輪では、いずれも準決勝でキューバに負けたことも忘れられません。

 

――今後は代表チームにどのようにかかわっていくのですか。練習を見に行かれたりするのですか。

監督 まだわかりません。新監督のレナン・ダルゾットはずっとチームメイトで兄弟だと思っています。彼の活躍が楽しみですし、成功を信じています。練習を見に行くのは……、邪魔になるだけだと思います。もちろん頼まれれば行きますが。

 

――キューバからブラジルへ帰化したヨアンデイ・レアルについてはどう思いますか。

監督 私から代表に入るために帰化を勧めたことはありません。彼がブラジルに帰化申請をした後に、バレーボール選手としてブラジル協会の登録や世界連盟への申請の手続きの相談を受けて、協会を通じて手続きを始めました。帰化したからといって、代表が約束されているわけではありません。彼が望むことなら応援したいと思います。

 

――小さい頃からブラジル代表を夢見てきたブラジル人にとっては、そこへ横から列に入られたような感じを受けることはないのでしょうか。

監督 まあ、そういう感情は理解できます。しかし、レアルは既に長年ブラジルに住み、スーパーリーグのチームでも他のブラジル人と何の違和感、特別扱いもなくプレーしています。何より大事なのは、ブラジルのために戦う覚悟があるか、そして練習、試合に真摯な態度で臨むことができるかだと思います。彼はそれができる選手だと思います。チームメイトもそういう彼の態度を見れば、何の問題もないでしょう。ただ、ウィルフレッド・レオンがポーランド代表というのは、ちょっと違和感がありますね。彼はポーランドに住んだことはあるんですかね。詳しくは知りませんが、いきなりという印象があります。ただレアルにしても、レオンにしても、キューバは国の特殊な事情がありますから、本人が正式な手続きをふんで代表チームを望むなら、誰に対しても扉は開かれるべきだと思います。

 
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