2025-03-28 16:27 追加
1984ロス五輪銅メダリスト・三屋裕子さん(現・日本バスケットボール協会会長)インタビュー「スポーツが世の中にいい影響を与え、社会課題の解決につながるような活動をしていけたら」
1984ロス五輪銅メダリスト 現・日本バスケットボール協会会長/JOC副会長 三屋裕子さんインタビュー
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3月3日、東京都内にて、大学スポーツに貢献した学生、OB・OG、指導者、団体などが表彰される「UNIVAS AWARDS 2024-25」が開催された。
UNIVAS AWARDSでは、バレーボール1984年ロサンゼルス五輪銅メダリストで、現在日本バスケットボール協会会長及び日本オリンピック委員会副会長を務める三屋裕子さん(81年筑波大学、94年筑波大学大学院卒)が、大学卒業後に卓越性を発揮して多大な社会貢献を果たしたOB・OGに贈られる「アルムナイ・アウォード」を受賞。バレーボール界のOGで、現在はバスケットボール界を中心に多方面で活躍する三屋さんにお話を伺った。

UNIVAS AWARDS 2024-25にて
――今回は受賞おめでとうございます。大学スポーツOGとしての受賞ということで、大学時代のことを懐かしく思い出されたのでは?
三屋:私は筑波大学が現在の場所に開学(前身は東京教育大学)してから4年目に入学しました。当時の筑波大学周辺はまだ田舎で、「雨が降ったら長靴が必要だから忘れないように」と言われた時代なんです。
そのくらい何もないから、自分たちで知恵を絞って工夫しなければならなかったですし、自分の未熟さも痛感しました。そして、高校(八王子実践高)まで本当にたくさんの人に手をかけて育てていただいたんだなと大学の寮で生活して思い知りました。
それから、時間管理は全部自分でしなければいけなかったので、授業に出て、バレーボールの練習をして、帰ってからレポートを書いて…。疲れて寝ちゃうと、翌日の授業になかなかついていけなかったりするので、大学時代は時間管理をすごく意識していましたね。高校までと違って、全て自己責任になるので。だから、高校の時の部活や寮生活のように、「あれやれ、これやれ」っていう「やらされ感」は全くない分、全部自分で決めなきゃいけない。その大変さや、全てが自己責任になるという怖さは、大学の1、2年生の時には身に染みましたね。
――今の大学生はその当時に比べたらだいぶ恵まれていますね。
三屋:そうですよね。当時はパソコンもなく、電話だって公衆電話に並ばないといけなかったし。10円玉で電話をかけますから、100円玉を両替しに行かなければならなかったり。今は個人がパソコンとスマホを持っていますから、この大変さはわからないでしょうね。レポートも鉛筆でレポート用紙に手書きで書いて、消しゴムで消して…。修正がデリートキー一発で消えるとか、バックスペースで消すこともできないので、ちょっと間違えると消しゴムで全部消さなきゃいけなかったりとか。あと、調べ物は図書館で書物を探して…。今みたいにパソコンで検索もできなかったし。ものすごくアナログな時代で大変だったけど、全ていい思い出になっていますね。

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