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インタビュー

2026-08-14 19:10 追加

鎮西高校の名将・畑野久雄監督追悼特集 第3回 宮浦健人、水町泰杜、舛本颯真

鎮西高校の名将・畑野久雄監督追悼特集 第3回

ビーチバレー / 全日本代表 男子 / 大学バレー 男子 / 高校バレー 男子

2025年11月24日に急逝された鎮西高校バレーボール部の名将・畑野久雄監督。このたび、畑野先生の教えを受け継ぎ、第一線やそれぞれの道で活躍する6名の関係者(元日本代表の朝日健太郎さん、後継者として新監督に就任された宮迫先生、諸隈直樹さん、日本代表として活躍する宮浦健人選手、ビーチバレーとの二刀流に挑む水町泰杜選手、中央大学4年の舛本颯真選手)にお話を伺いました。第3回は宮浦健人選手、水町泰杜選手、舛本颯真選手です。

泥臭い6年間の教えを胸に世界へ挑む 日本代表 宮浦健人選手


鎮西高校時代の宮浦健人選手 撮影:坂本清

土台となった6年間の教え

畑野先生が亡くなられたのはとても残念ですが、自分としては先生から学んだことをこれからも活かしていきたいです。中学・高校と6年間関わらせていただき、バレーボールを含めた本当に大切な部分を学ばせていただきました。泥臭くがむしゃらにやること。そこが今の自分のバレーボールの土台となっているので、それを全うして個人としてもさらに成長していきたいと思います。

一つひとつの勝負に全力を注ぐ


畑野監督(左)と宮浦健人選手  宮迫監督提供

一つでも多く勝利をもぎ取って、先生にお見せしたいです。長い目で見ればそれはオリンピックかもしれませんし、どれ一つとして手を抜くなど考えられない一つ一つの勝負です。それも先生の教えです。畑野先生の教えに恥じないよう、自分は誇りを持ってやっていきます。

「二刀流」への挑戦を押してくれた ビーチバレー・インドア二刀流 水町泰杜選手


水町泰杜選手

先生の訃報から時間が経ちましたが、今もふとした瞬間に先生の言葉が思い出されます。高校時代に授けてくださった教えは、現在の私の生き方の礎となっています。


水町選手や朝日健太郎さんなどOBと畑野監督   宮迫監督提供

とりわけ印象深いのは、私が「二刀流」への挑戦を打ち明けた時のことです。「二股して大丈夫かぁ」と呆れ半分に笑いながらも、誰よりも真剣に私の将来を案じてくださいました。あの時、最後には私の背中を力強く押してくださったおかげで、今の私は恐れずに挑戦を続けることができています。


卒業式にて  宮迫監督提供

教え子の一人として、先生に恥じぬよう、これからも精一杯己の道を進んでまいります。改めて、先生の歩まれた道に敬意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

「言葉の重み」を胸に誓う全日本インカレ優勝 中央大学4年 舛本颯真選手


舛本颯真選手  撮影:中西美雁

心に残る言葉と恩師の温かさ

練習や試合を通じて教えていただいた一つひとつの言葉を、これまでずっと大切にしながらプレーを続けてきました。特に印象深いのは、「お前は上がってきたボールをただ決めるだけだ」という言葉です。試合中にうまくスパイクが決まらない時も、「もっと力を抜いて、楽にやればいいから」と優しい言葉をかけてくださり、ただ厳しいだけでなく選手の心に寄り添う温かさを持った方でした。一番思い出深い春高バレーで負けた直後、「お疲れ様」と声をかけていただいた時、この先生のもとで頑張ってきて本当に良かったと感じました。

エースとしての自覚


卒業式にて  宮迫監督提供

入学当初からエースの重圧はありましたが、畑野先生や水町(泰杜)さんの支えや言葉があったからこそコートに立ち続けられました。中学3年の時、鎮西の練習に参加して「鎮西に入ります」と伝えた際に水町さんからいただいた「あとは任せたぞ」という言葉も忘れられません。人間性やエースとしての自覚を叩き込まれた日々は、自分の大きな財産であり誇りです。

天国の先生へ捧げる誓い

大学生活も残り約半年となりました。これまでまだ良い報告を届けることができていないので、大学最後の舞台となる全日本インカレで優勝を果たし、天国の畑野先生に良い結果を報告することが今の大きな目標であり、誓いです。

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