2012-08-29 21:41 追加
ロンドン五輪・ブラジル女子総括その1
正直な話、今回のロンドン・オリンピックでブラジル女子ナショナル・チームの優勝を予想した方は、果たしていらっしゃっただろうか? …前回の北京で五輪初制覇を成し遂げただけでなく、2000年代なかばから3大大会で一度も優勝経験
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正直な話、今回のロンドン・オリンピックでブラジル女子ナショナル・チームの優勝を予想した方は、果たしていらっしゃっただろうか? …前回の北京で五輪初制覇を成し遂げただけでなく、2000年代なかばから3大大会で一度も優勝経験がないながらも、世界一の実力であろうと自他共に認める「無冠の女王」であったブラジルだが、北京以降ここ最近は特に、本番での勝負弱さや勝ち点制によって被る不運という以前に、実力そのものもゆるやかに下降線なのではないか? と思わせる戦いぶりであったのは間違いない。そんなブラジルの今回の勝因は、一体どこにあったのだろうか?
・準々決勝:ロシア戦(セットカウント3−2)
http://www.youtube.com/watch?v=60EAzrLNEP4&feature=youtu.be&a
・準決勝:日本戦(セットカウント3−0)
http://www.youtube.com/watch?v=lv3ZQfwvneg&feature=youtu.be&a
・決勝:アメリカ戦(セットカウント3−1)
http://www.youtube.com/watch?v=CW0mQbgYlF4&feature=youtu.be&a
準々決勝のロシア戦・準決勝の日本戦・決勝のアメリカ戦を見て、全試合を通じてセッターのダニエル・リンスが明らかに意識していたように思えるのは、タイーザのファースト・テンポのクイック(スロット1からテンポ1の助走動作で繰り出す「11」いわゆるAクイック)の使い方。実際に動画で確認頂ければおわかりのように、ただですら決定率の高い彼女のクイックだが、それが決まらなかった場合に、その直後のラリーでもう一度、彼女にセットするという場面が極めて多かった。
そういうシーンが目立つ場合、日本のテレビ中継では「セッターの”強気の性格”」を理由に片付けてしまうのをよく耳にするが、それは少なくとも今大会のダニエル・リンスに関しては当てはまらない。セッターの性格の問題ではなく、タイーザのクイックこそが今大会のブラジルの最も信頼を置く「決め球」だったことが、準々決勝以降の3試合のブラジルの戦いぶりから見えてくるのだ。今大会のブラジルの勝因を挙げろと言われれば、間違いなくこのタイーザのファースト・テンポのクイックが、その1つであったと言ってよい。
具体的に見てみよう。例えば、準々決勝のロシア戦。
http://www.youtube.com/watch?v=60EAzrLNEP4&feature=youtu.be&a
まずは第1セット序盤の2-3の場面(08:24頃〜)。ロシアのソコロワのサーブから、ブラジルのレセプション・アタックでダニエル・リンスはタイーザの11を選択するも、ロシアのMBペレペルキナにコミットで対応されて決められず、ラリーが続いた後にレフトから決められ2-4。序盤の劣勢の状況で、ダニエル・リンスが選択したのは、やはりタイーザの11。レセプションがネット際に上がったこともあり、再びペレペルキナがコミット、ライト・ブロッカーのガモワもリードでヘルプして2枚ブロックの状態になるも、ダニエル・リンスが直前のラリーの反省をきちんと行って、タイーザの「最高打点で打たせる」ことに成功して3-4。予選ラウンド全勝と万全の状態でこの試合に臨んできたロシアを相手に、試合開始早々に連続ブレイクされて試合の流れを持って行かれ兼ねない状況を逃れることに成功した。
さらに、ロシアに2セットを先に奪われて後がない第4セットの中盤で、11ー12とリードを奪われた場面(1:56:34頃〜)。1本目の11はタイミングが合わずにロシアにラリーをつながれ、再びチャンス・ボールが返ってきた直後のトランジション・アタックで、ダニエル・リンスはやはり迷わずタイーザの11を選択。ロシアも当然ペレペルキナがコミットするも、タイーザの最高到達点付近に丁寧にセットされたボールが、ロシアのコートに突き刺さって12ー12の同点へ。
勝負の最終第5セットも、1、7、8、9点目のレセプション・アタックが彼女の11での得点。ジュースに持ち込まれて、16-17の絶体絶命の場面でのレセプション・アタックを決めたのも、彼女の11だった。
続いて、準決勝の日本戦。
http://www.youtube.com/watch?v=_kQIl4a3pHw&feature=plcp
ハイライトに選ばれている数少ない1シーンである、第2セットの12-10の場面(0:47頃〜)。タイーザの11に大友選手がやはりコミット、ライト・ブロッカーの新鍋選手がリードでヘルプし2枚ブロックが揃うも、ブロックの上から決めたタイーザ。
このように、来るとわかっていても止まらない…コミットしても止まらない、そういうクイックが2010年頃から男子の世界トップ・レベルにおける戦術のトレンドになりつつあるが、男子の戦術変遷を約10年ぐらい遅れて追いかけている(※1)女子の世界で、このタイーザへの「最高到達点付近で打たせる」11のセットは、まちがいなく男子のトップ・レベルのトレンドそのものである。
男子の世界トップ・レベルの戦術変遷においては、1990年代なかばにブロック戦術がそれまでのコミット・ブロック主流から、リード・ブロック主流へと移り変わったわけだが、日本のバレー界ではその変遷に乗り遅れて2000年代にようやく、リード・ブロックが主流となった経緯がある。リード・ブロックに対抗するため、セット・アップからボール・ヒットまでが「早ければ早いほどよい」という考え方が支配的となり、結果として「コミットされればどうすることもできない」クイックばかりが目立つようになってしまった。従って、日本では勝負所でブロック側がコミットすれば勝ちで、だからこそ勝負所でアタック側はますますクイックが使えない ・・・ そういう状況に陥っている。
一方、既に先を行く世界のトップ・レベルは、1990年代なかばに既に主流となっていたリード・ブロックに対抗するため、4人のアタッカーがファースト・テンポの助走動作でシンクロする同時多発位置差攻撃が、2004年のシドニー・オリンピックでブラジル男子ナショナル・チームによって披露され、今やすっかり世界標準のアタック戦術となっている。同時多発位置差攻撃に対しては、現状の組織的リード・ブロック戦術では対抗できないため、ブロック側は再びコミット多用にならざるを得ない現状があり、だからこそ逆にアタック側としては、「相手がコミットしてくるという前提で」戦わなければならない。従って、タイーザのような「コミットされても止まらない」クイックというものが、必然的に生まれたわけである。
勝負所の「決め球」たり得るファースト・テンポのクイック(11)は、まだ記憶にも新しい男子のOQT最終戦でベラスコ監督率いるイラン相手に、全日本男子がまざまざと見せつけられたものだった。
OQT2012 vsイラン(togettered by @kotonosamurai)
イランから世界標準を学べ! “@taknuno55: 相手に学ぶつもりじゃ勝てないとはよく言うけど、今日だけは相手に学ぶことが勝利に繋がり、今後の最大の財産に RT @riqq0528: 全力でぶち当たれ!そしてイランから学べ!#vabotter #volleyballjp”
— T.w(渡辺 寿規)さん (@suis_vb) 6月 10, 2012
これこれ、ネットから離れた11。イランさすが! #vabotter #OQT #fujitv
— T.w(渡辺 寿規)さん (@suis_vb) 6月 10, 2012
最初の1本の11があるから、今の少しネットから離れたレセプション返球でも、ヤマコフがサイドについていけなくなる。 #vabotter #OQT #fujitv
— T.w(渡辺 寿規)さん (@suis_vb) 6月 10, 2012
ほらね、あれだけガフール、ガフールって続けて、まるでそこしか頼れるところがないような風に見えて、しれっと最後は違うアタッカーでしょ。さらに言えば、クイックは見せてないのよ。まだまだ、引き出しがあるのよ、今日のイラン。 #vabotter #OQT #fujitv
— T.w(渡辺 寿規)さん (@suis_vb) 6月 10, 2012
そして、最後にクイック。世界標準をこれでもかと見せつけられた。 #vabotter #OQT #fujitv
— T.w(渡辺 寿規)さん (@suis_vb) 6月 10, 2012
ましてや、同時多発位置差攻撃が世界標準となっているとはまだ言い難い女子の世界において、タイーザの11はいわば10年先の未来からやってきたアタック戦術とも言えるわけで、「決め球」となるだけの十分な戦術的根拠が揃っていたわけである。
そしてもう1つ、今大会のブラジルの勝因を挙げるとすれば、私はガライのプレーにあったと思う。
北京オリンピックで3大大会初となる悲願の優勝を成し遂げたブラジルが、正セッターだったフォフォン以外には監督も主力メンバーもほとんど替わらないまま、結局その後の世界選手権もワールドカップも優勝を逃し、さらには今大会ではあわや予選敗退という危機的状況まで追い込まれたのは、各選手に与えられた役割が大きく変わらない中で、モチベーションを保ち続けることの難しさがあったのではないだろうか?
…そんな中で、メンバーで数少ない北京を経験していないガライが、実にまじめに忠実に、レゼンデバレーでWSに要求される役割を遂行していた。前衛でブロック参加した直後のトランジションでは、ベンチのギマラエス監督に交錯するのではないか? と思うほどの目一杯の助走距離を確保し、後衛でもディグで転げ回っていても、必ずと言っていいほどサボらずに、bickの助走に参加していた。予選ラウンドの映像は目にしていないので断言はしかねるが、恐らくガライのプレーする姿に、コート上にいる金メダリストたちの魂が呼び起こされたのではないか? と思えるような雰囲気が、準々決勝以降のブラジルのコートには常に漂っていた。
そうした観点を念頭に置きながら次回、アメリカとの決勝戦を振り返ってみたいと思う。
—-
(※1)今大会、女子の各国(ロシアやブラジルやアメリカ)のWS陣がbick(”back-row quick” の略であり、ファースト・テンポのパイプ攻撃のこと)を披露していたが、男子でbickが一般化したのは2004年のアテネ・オリンピックであり、8年前に相当する。
文責:渡辺寿規
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