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インタビュー

2018-02-01 08:00 追加

越境バレーボーラー・梅野聡【前編】人生が楽しくなってしょうがない!(笑)

海外プレーヤーインタビュー

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試合後の梅野選手

今季、スウェーデンのヒュルテ・ハルムスタッドでプレーしている元東レアローズのセッター、梅野聡選手にお話を伺いました。

――まずは東レを辞めてスウェーデンでプレーすることになった経緯を教えてください。

僕自身、全く海外には興味がなくてですね。今まで東レにいた頃も、辞めたらそのまま教員になろうかなと思っていたくらいだったんです。(東レに)入った当初はずっとそう思っていました。だけど藤井(直伸)っていう新しい子が入ってきて、その子が間近で上手くいくのを目の当たりにしてたら、自分がそれに対してストレスを感じてしまって…。それが自分の成長を妨げてしまったようなところがすごくあったんです。

東レ時代から言われていたんですけど、僕自身すごく考えて、ネガティブな感情を抱きやすい人間で、なおかつ大学時代まである程度順調にステップアップできてた感じがあって、正直、挫折って言ったらあれですけど、あまり努力ができてなかったんですよ。上手くなるためにはこうした方がいああした方がいいっていうのを、自分で考えることができなくて、ずっと他人任せに、誰かがメニュー提供してくれるから、それをやっとけばっていうんで今まで育ってきたんです。企業に入ってあんまり自分に教えてくれる人が周りにいなかったんです。僕がある程度順調にステップアップして、アンダーカテゴリーも経験して、セッターやってるから頭使ってそうだなと思われてて。ま、要するにいい子だったんですよ、ずっと。優等生できてたので、周りも多分、「あいつもちゃんと自分で考えは持ってるんだろうな」って、あんまり僕に言えなかったんじゃないかなと思うんです。

そこに藤井が入ってきて、入ってきたとき僕と比べ物にならないくらい下手くそで、でもその中で藤井は、自分でいろいろ考えたんでしょうね。いい方向に向かって行って。僕は要するに東レの中で競争に負けたわけなんです。で、このまま終わっていくのもな…っていうのがちょっとずつ芽生えてきて。でも日本って移籍できないじゃないですか。僕がいたころ(東レ)にはセッターが僕と藤井しかいなかったんで、外に出れなかったんです。外に出ちゃダメっていうか、凄くそういう意識が強かったんです。でもそれって結局他の人のために生きてるのであって、全く僕のためになってない。で結局、成長できたなって感じられなかったんです。5年もいたのに、全部自分のせいなんですけど。そこは分かり切ってるんですけど、それが凄く嫌で。ものすごい勢いで成長していく子を目の当たりにしてると、劣等感を抱いてこれじゃ駄目だなと思いました。でもまだバレーは、このままじゃ辞めたくないなと思って、それで、今まで全く興味のなかった海外に行くことを決めました。ホントもう急発進ですよね。

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