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インタビュー

2020-05-13 12:00 追加

カーテンコール阿部裕太・前編「強みは、一生懸命やったこと」

阿部裕太インタビュー

V1リーグ 男子

昨年の黒鷲旗で現役を引退した阿部裕太さんに、これまでのバレー人生を振り返っていただき、お話を伺った。阿部さんは東海大学在学中に全日本代表に抜擢され、2001年のグランドチャンピオンズカップでデビュー。2002年、2006年の世界選手権に出場。2003年、2015年のワールドカップでも活躍した。東レアローズで2度の優勝経験がある。サントリーに移籍後、また東レに戻ってからの引退となった。

――現役生活を終わってみて、ご自身はどんな選手だったと思いますか。強みはどこで弱点はなんでしたか。
阿部:そうですね・・・強み、強みはそうですね…一生懸命やったことですかね(笑)
弱みは、全体的に実力が不足してた気がします。
まあ、それを…回りが助けてくれて、すごく僕を生かしてくれたというのがざっくりした強みですかね。

――本気でバレーで将来生きていこうと思ったのはいつごろですか。
阿部:大学に入って・・・東海大に入れてもらって。具体的に思い始めたのは、この時!とはわからないですけど、どんどんうまくなっていく過程の中でですかね。

――でも阿部さん、1年生のときMBやったりしてましたよね。
阿部:そうですね(笑)。まあでも、一応2年生からはセッターに戻りました。1年生からセッターの練習はしてたんですけど、怪我人が出てミドルがいなかったのでチーム事情で、ですね。

――なぜ東レに入りましたか。
阿部:もちろん色々迷いましたが、ただ「信頼できる真面目なチーム」というイメージがあったし、会社も本当に素晴らしい…入る入らない以前の問題で、いろいろ目にしたり耳にしたり…いい印象があって。静岡も空気がきれいで、土地のイメージもよかった、というのがありますね。

――当時のチームはどんな感じでしたか。矢島監督はどんな方でしたか。
阿部:監督自身も選手を信頼してくれました。自分はすごくやりやすかったですし、僕は結構ずっと使ってもらってたんですが、矢島さんだから、ここまで育つことができたというのがあります。チームの先輩もフレンドリーに接してくれたので、かなり居心地がよかった。

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