2014-08-15 17:47 追加
レゼンデが目指したバレーボールの姿 第4回
ブラジル男子代表監督、レゼンデによるバレーを考察したコラム、第4回。
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4章 コミットしても止まらないクイックとは?
2011年のワールドカップ。何かがおかしい。ゲームを見ながらそう感じた人は少なくなかったはずだ。2010年の世界選手権まで「必殺技」と言ってもいいほど各国において勝負所で多用され、高い決定率を誇ったBick(ファースト・テンポでのコート中央からのバックアタック)の本数が明らかに減っていたのだ。そのかわりに存在感を増していたのが前衛MBのクイックである。ブラジルやポーランド、イタリアなど主要な強豪国は勝負所でBickではなく、前衛MBのクイックを使っていたことが印象的であった。
では、どうして世界各国はBickではなく、前衛MBのクイックを勝負所での「決め球」としたのであろうか。
1.スパイクジャンプとブロックジャンプの違い
『レゼンデが目指したバレーボールの姿 第2回』で示した(2008年の北京オリンピック以降は、相手のブロッカーよりも相対的に早く踏み切り「相手のブロッカーの上を抜く攻撃」が見られるようになった。)ように、いわゆるファースト・テンポの攻撃は、相手のリード・ブロックに有効な攻撃である。そのため、勝負所で相手がコミットしてきたら有効な攻撃ではなくなってしまうのではないだろうかという疑問が浮かぶ。
まずは、こちらを見ていただきたい。
http://www.fivb.org/en/olympics/london2012/TeamsVB-M.asp?Team=RUS
http://www.fivb.org/en/olympics/london2012/TeamsVB-M.asp?Team=BRA
すべての選手においてスパイクジャンプの方が、ブロックジャンプよりも高いことが分かる。
(ただし、数字が何年も更新されていない選手が多く、本当に数字自体を信頼できるのかという問題がある。)
一般的に、スパイクジャンプは助走を取ってジャンプを行うため、選手の最高到達点となることが多い。一方、ブロックジャンプでは垂直ジャンプでのブロックと、スイング・ブロックと呼ばれる助走を行うブロックを分けて考える必要がある。
(『ミーハー排球道場 第5回ブロック 【その3】』で示されたように、現在はより高いブロックを実現するために、助走を行うスイング・ブロックといわれる技術が標準的に用いられている。)
同じ選手であれば、スパイクジャンプと、スイング・ブロックでのジャンプがほぼ同じ高さになると言える。(厳密にいえば、右利きの選手であれば相手のレフト・サイドへのスイング・ブロックよりも、相手のライト・サイドへのスイング・ブロックのほうが高くなることが多い。)
しかし、(助走無しの)垂直ジャンプで行うブロックはスパイクジャンプよりも低くなることは明白である。
2.従来の垂直ジャンプでのブロックとスイング・ブロックの違い
ここで、前衛MBのクイックと、それに対するブロックについて考察する。
ブロッカーは、両サイドからのファースト・テンポの攻撃に対しては、バンチ・シフトからサイドにスイング・ブロックを行うことで、相手スパイカーに対してほぼ対等な高さの勝負をすることができる。
一方で、相手MBのクイック(特に11と呼ばれるセッターの近接スロットでの攻撃)では、ブロッカーはスイング・ブロックをすることができず、垂直ジャンプでブロックをしなければならない。そのため、前衛MBの攻撃のほうが、ブロックに対して高さで優位であると言える。
本来、ファースト・テンポの攻撃はリード・ブロックに対して有効な攻撃であったはずだが、こうした見方をすると、前衛MBの高いクイックが「コミットしても止まらない」ことが理論的に説明できる。
(参考資料)
ここ数年、相手のジャンプ・フローターからのレセプション・アタックや、フリーボール(チャンスボール)からの攻撃の場合、高い確率で「止まらない11」を行っているチームが数多くみられる。
以下にFIVBワールドカップ2011で撮影された写真を示す。
3.考察
従来の考え方であれば、ブロッカーがすでに配置されたスロットから攻撃することは、攻撃側にとって分が悪いものであると考えられていた。
しかし、今回示した見方をすると、ブロッカーが「スイング・ブロックが出来ない」状況ではむしろ攻撃側が有利になると言っても過言ではない。
ブロッカーをスパイカーが攻撃するスロットに対してあらかじめ配置すれば良いというコンセプトはすでに古いものとなってしまった。これは、真ん中からの攻撃だけではなく、サイドからの攻撃に対しても同様である。
例えば、サイドからの攻撃に対してスプレッド・シフトで対応した場合、ブロッカーはほぼ垂直ジャンプで相手のスパイクに対応することになる。その場合、高さの面でブロッカーが不利になることが分かる。
3つの動画ではサイドからのファースト・テンポの攻撃に対してMBはリード・ブロックで対応しているため、攻撃側が有利である。また、サイドの選手はほぼコミットであるものの、垂直ジャンプであるため、やはり攻撃側が有利であるためブロックをほぼ無力化して攻撃が決まっていると言える。
トータル・ディフェンスにおいて、スプレッド・シフトは相性が悪いこと(『ミーハー排球道場 第4回ブロック 【その2】』)は渡辺氏のコラムで触れられているが、個人技としてもスプレッド・シフトからの垂直ジャンプでのブロックは効果的ではないことが分かる。そのため、2011年あたりからはサイドの攻撃に対してコミットする場合、あらかじめスプレッド・シフトで構えておいて垂直ジャンプをするのではなく、バンチ・シフトからスイング・ブロックを利用してサイドにコミットする選手が増えている。2014年現在、こうしたプレーは特別なプレーではなく、標準的な「あたりまえ」のプレーとなっている。
1990年代は、前衛MBのクイックは囮であり、サイドからの攻撃(やパイプ攻撃)が決め球であった。しかし、現在はサイドからの攻撃が見せ球であり、前衛MBの攻撃が決め球であると言える。
MBはもはや囮ではなく、決定力を求められるエースポジションなのである。
次回は、第1回から第4回までの考察をもとに、もう一度ロンドンオリンピック決勝に目を向けてみよう。
文責:手川勝太朗
1981年生まれ。神戸市立大原中学校 教諭。
専門はバレーボールの戦術論。YouTubeへの動画投稿で女子中学生でもファースト・テンポの攻撃など、世界標準のバレーボールができることを示し、2012年7月に三島・東レアローズにて開催された日本バレーボール学会主催「2012バレーボールミーティング」で、オンコート・レクチャーを務めた。
2014年5月に、『バレーペディア』完全準拠の初の指導DVD「『テンポ』を理解すれば、誰でも簡単に実践できる 世界標準のバレーボール」(ジャパンライム)を発売。
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第1回 北京オリンピックで見えた課題 -オポジットを機能させること-
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第2回 北京オリンピックで見えた課題 -サーブ・レシーブがアタック・ライン付近に返球された時にMBの攻撃を機能させること-
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第3回 北京オリンピック後に世界各国が取り組んだバレーボール(世界標準の変遷)
写真:FIVB
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