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コラム

2014-10-16 22:00 追加

2014世界選手権女子総括(その1)

2014世界選手権女子総括

全日本代表 女子

イタリアで開催された 2014世界選手権。全日本女子チームは直前のワールド・グランプリで史上初の銀メダルを獲得したが、今年度最大かつ、最も歴史ある世界大会である世界選手権という大事な舞台で、日本国内の期待を裏切る「2次予選敗退」という結果に終わった。

だが、その予兆は実は、ワールド・グランプリ閉幕の直後から始まっていた。その予兆が何だったのかは少し後回しにして、まずワールド・グランプリのファイナル・ラウンドの日本の戦いぶりから振り返ってみよう。

  • 第1戦:対ロシア(セットカウント3−1で勝利)
  • 第2戦:対トルコ(セットカウント3−0で勝利)
  • 第3戦:対中国(セットカウント3−0で勝利)
  • 第4戦:対ベルギー(セットカウント3−0で勝利)
  • 第5戦:対ブラジル(セットカウント0−3で敗北)

書き出してみれば誰の目にも明らかなように、最終日のブラジル戦を除けば、日本の快勝であった。

ご存じの通り、この大会から日本は「ハイブリッド6」と呼ばれるシステムを採用しており、史上初の銀メダルを獲得した背景にこのシステムがあったことは間違いない。果たして「ハイブリッド6」におけるどういった要素が、ロシアや中国といった強豪国からの快勝につながり、どうしてブラジルには全く通用しなかったのだろうか?

まず大前提として、「ハイブリッド6」がどのようなものであるかに関し、『ミーハー排球道場 第6回』で解説した内容を引用してみよう。

…『ハイブリッド6』では、この状況は「4-2システム」となり、セッターは前衛センター(コート・ポジション3)の位置でプレイします。前衛のアタッカーは両サイドに位置してプレイしますから、レシーブ返球位置が意図せずネットから離れたとしても、セッターがセット・アップ位置まで移動する動きと助走路が交錯するアタッカーがいません。

<図6-2>

結果として、サーブ・レシーブ返球位置がネットから離れた場面であっても、ディグ直後の【トランジション】の場面であっても、高い確率でスロット5、スロットCならびに、スロット1付近の3ヶ所から、スパイクを繰り出すことが容易になります。この点が実は、今回の『ハイブリッド6』の最大のメリットであると、私は考えています。

ブラジルとそれ以外の各国では、日本戦において主に採用していたブロック陣形に、決定的な違いがあった。ブラジル以外の各国はスプレッド・シフトで構え、ネットに正対したまま移動するブロックで対応していた。

今大会から「ハイブリッド6」を採用した日本のコート上には、日本のバレー界で〝常識として〟指導されてきた「セット・アップよりも先に踏み切って(=マイナス・テンポで)空中でボールを待ち、セットされたボールの上がり端でスパイクを打つ」MBが排除され、迫田選手に代表されるような「セット・アップより相当前から助走動作を開始し、セット・アップ直後に踏み切って(=ファースト・テンポで)打つ」選手が、スロット1付近からスパイクを繰り出す布陣となっていた。「セット・アップからボールを打つまでの経過時間」は、従来の日本のバレー・スタイルと比べて相対的に長く、クイックと呼ぶには「遅く」感じられた方が多かったはずだ。

Nagaoka3(ロシア戦)
[ロシア戦で、スロット1からファースト・テンポでスパイクを打つ長岡選手]

一般的に「セット・アップよりも先に踏み切る」マイナス・テンポのクイックというのは、レシーブ返球位置がネットから離れると、世界トップ・レベルのMBとセッターであっても繰り出すのは難しく、セット・アップの時点で既に空中にいるアタッカーの体勢やセッターのセット姿勢などから、「MBにセットが上がらない」ことが相手のブロッカーに見抜かれてしまう確率が高くなる。一方「セット・アップより相当前から助走動作を開始しセット・アップ直後に踏み切る」ファースト・テンポのスパイクは、セット・アップの時点ではまだ踏み切っていないアタッカー「全員にセットが上がる可能性」を捨てきれないため、相手のブロッカーはセットされたボールの行方を確認し終えるまで、ブロック動作を開始することができない。

事実、「ハイブリッド6」の採用によってファイナル・ラウンドの日本チームは、佐藤文彦氏の解析にあるように(<グラフ1>)、アタック打数の配分が2人のWSに集中するのを避けることに成功していた。

<グラフ1>
グラフ1

レシーブ返球位置がネットから離れた場面でも高い確率でスロット5、スロットC、ならびにスロット1付近の3ヶ所から、分散して繰り出される日本のスパイクに対して、スプレッド・シフトで構えて対応した各国のブロッカー陣は、セット・アップ直後もブロック動作を開始できずに「釘付けに」された上に、ネットに正対したまま移動するブロック動作では移動が間に合わず、ブロックが割れる結果に陥っていたのである。

Kimura1(ロシア戦)
Ohno1(トルコ戦)
Shinnabe(中国戦)
[日本のスロット5・スロットCからのスパイクに対し、ロシア・トルコ・中国のブロックが割れているところに注目]

『ミーハー排球道場 第4回』で解説したように、スプレッド・シフトは各ブロッカー同士の間隔が広いためブロックが割れやすいブロック陣形であり、実際にブロックが割れると相手のスパイク効果率は極端に上昇する。こうした理論に従うように、従来よりも「セット・アップからボールを打つまでの経過時間」が長いスパイクであったにも関わらず、日本はブラジル以外の各国に対して安定して高いスパイク決定率をたたき出し(<グラフ2>)、破竹の4連勝を飾ったわけである。

<グラフ2>
グラフ2

一方、ブラジルは日本相手にバンチ・シフトで構え、両サイドからのスパイクに対してスイング・ブロックで対応してきた。

Nagaoka1(ブラジル戦)

この写真からわかるのは、長岡選手がスロットCから繰り出すスパイクに対し、ブラジルのブロック陣が割れずにきちんと2枚揃っている点である。長岡選手は、ガライ選手(背番号16)のブロックの「横を抜こう」と、プレイしているのがおわかり頂けるであろう。

この試合、後述するように日本のサーブ・レシーブは安定しており(<グラフ5>参照)、「ハイブリッド6」を採用した狙い通りに各アタッカーの打数は分散していた(<グラフ3>)。それにも関わらず、日本の Running Set 率(※1)は極めて低く(<グラフ4>)、どのアタッカーにセットしても先ほど提示した写真のように、ブラジルのブロックが割れずに2枚揃っていたことが伺える。

<グラフ3>
グラフ3

<グラフ4>
グラフ4

その結果、日本のスパイクは被ブロック(シャット・アウト)数ならびに、ワン・タッチを取られてラリーに持ち込まれる(Rebounds)ケースが多く、サーブ・レシーブが安定していたにも関わらず、スパイク効果率は極めて低く抑えられてしまった(<グラフ5>)わけである。

<グラフ5>
グラフ5

日本のバレー界で従来より〝常識として〟指導されてきた、マイナス・テンポのクイックを排除し、「『セット・アップからボールを打つまでの経過時間』が長くなった」ことでかえって、高いスパイク決定率をたたき出した今大会の日本であったが、現指揮官が就任以来、選手たちにメディアを通じて公にも要求してきたのは、「『セット・アップからボールを打つまでの経過時間』を短縮することで、諸外国の高いブロックを〝かわそう(=横を抜こう)〟」というコンセプトであったはずだ。どこにセットしても常に2枚割れずに揃うブラジルのブロック網を目の当たりにして、日本の選手たちはブロックを〝かわそう〟とするあまり、プレイに余裕がなくなったと想像できる。

ここで改めて、ロシア戦ならびにブラジル戦の長岡選手のスパイクの写真を、比較して見てみよう。

Nagaoka2(ロシア戦)・ Nagaoka1(ブラジル戦)

長身のロシアを相手にしても、長岡選手がしっかりと全力で助走・ジャンプして最高到達点付近でボールを打てば、ロシアのブロッカー陣の「上から」スパイクを打ち込むことすら可能であることが見て取れる。一方、ブラジルのブロッカーは2枚が割れずに揃っているが、レフト・ブロッカーのガライ選手(背番号16)がブロックに跳んでいる位置からアンテナまでは距離があり、つまり、長岡選手がスパイクを打とうとしているスロットCは「がら空き状態」である。アタッカーが自身の最高到達点付近から全力でスパイクを打ち込める状況をお膳立てできてさえいれば、少なくともスパイク失点(スパイク・ミスならびに被ブロック)は、減らすことができたはずである。

マイナス・テンポのクイックを排除した「ハイブリッド6」の採用が、ワールド・グランプリで初の銀メダル獲得につながったのであれば、むしろそれは、日本のアタッカー陣が「諸外国の高いブロックを〝かわそう〟とせずとも、自身の最高到達点付近から全力でスパイクを打ち込める状況をお膳立てできれば、十分に戦える能力を持っている」ことを、証明しているに他ならない。そのことを、日本のバレー関係者全員がそろそろ、気づかなければならないのだ。

そうした観点を念頭に置いて、世界選手権に向けて行われた記者会見での眞鍋監督の決意表明の言葉を振り返ってみると…

「グランプリでは、ブラジルに最終的に力負けをしました。全てのプレイで精度を上げる。そして失点ミスをなくそうということを考えております」

上述の通り、ブラジル戦でスパイク失点を減らすためのカギは「『セット・アップからボールを打つまでの経過時間』を短縮する」というコンセプトを、捨て去ることにあった。ところが、各選手のインタビューの言葉からは、まるで逆のコンセプトが見え隠れしていた。

  • 「自分の得意なプレイであるサーブレシーブからはやい攻撃を、しっかりコートのなかで表現できるように頑張ります」(高田ありさ選手)
  • スピードを生かした攻撃でチームに貢献していきたい」(山口舞選手)
  • はやいクイックを生かし、チーム一つになって戦っていきたい」(大野果奈選手)

極めつけが、『スポルティーバ』の記事(※2)における木村沙織選手のインタビュー内容である。

トスの速さは、監督が言うように1秒以内でやっていくことがベストです。練習ではタイムが計れるんですけど、試合の中では、体にしみこませた動きをやるだけなので、セッターもアタッカーも、練習段階から速いコンビを体にしみこませたいです。以前のように、スピードを元に戻すということはもうないです

このフレーズは、世界選手権での不調を予感させるものだった。
(その2へつづく)

文責:渡辺寿規
日本バレーボール学会 バレーペディア編集委員。
『月刊バレーボール』(日本文化出版)2011年2月号~2012年2月号にわたり、『深層真相排球塾』を執筆。
その連載が反響を呼び、2012年7月に三島・東レアローズにて開催された日本バレーボール学会主催「2012バレーボールミーティング」で、メイン講師を務めた。
2014年5月に、『バレーペディア』完全準拠の初の指導DVD「『テンポ』を理解すれば、誰でも簡単に実践できる!! 世界標準のバレーボール」(ジャパンライム)を発売。

_______
(※1)FIVB主催の国際大会における公式帳票において、ブロックが1枚もしくは、ノー・マークとなったセット本数が、Running Set(s)として記録される。セット総本数(Total Attempts)のうちで Running Set の本数の占める割合を、Running Set 率と呼ぶ。
(※2)木村沙織「世界一のために、ハイブリッド6を突き詰める」(中西美雁『スポルティーバ』より)http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/2014/09/04/post_312/index2.php

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