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インタビュー

2017-02-27 12:06 追加

いつかは日本人選手だけで日本一 ジェイテクト・増成一志監督

V1リーグ 男子

masunari4——これからその先について。
増成監督:これから東京五輪があり、私が監督している以上は世界で通じるプレーヤーを出していって、全日本として戦ってほしい。逆に、私たちがしっかりVプレミアムリーグで結果を出すことで、もっとリーグを活性化していきたい。底上げをしたい。リーグがいい選手を育てるところ。例えば、ジェイテクトだけでなくほかの企業もそういう考え方をもってやっていけば、きっともっと良い選手も増え、リーグのレベルもあがっていく。各チームから代表が出ていくわけですし、切磋琢磨していかないといけない。そのためにもジェイテクトを日本一にするのが使命なんですが、それと同様に、世界と戦う選手を育てて、いずれは外国人がいなくてチームを日本一にみないと。

——おぉ……なかなか難しいこととは思いますが……。
増成監督:頑張ります(笑)

増成監督:日本のバレー界というのは必ず大学にいくじゃないですか。でも海外の選手って、18歳から22歳という一番動ける時、技術が習得できる時期に、(高いレベルで)経験を積んでいる。日本では大学にいくんですよね。その4年間は。「なんで日本ではそんなことあるの」ってよくカジースキ選手も話している。

——話を聞いていると、増成監督自身が清風高校から象印(既に廃部)にいきなり入ったのは大きかったですか?
増成監督:そうですね。今は亡くなられた藤川監督というのが新日鉄から来られて、いろいろ指導をうけた。また、そこから社会人として仕事をしながら、やってきた。そして、色んなチームを渡り歩いて、海外の監督の指導も受けた。豊田合成のアンディッシュ監督の下でもコーチの経験を積んだ。様々なことがスキルアップにつながりましたし。ただ、世界が、2メートルを超える選手たちが、いろんな練習いろんなトレーニングしているなかで、日本のこの小さな島国の中でやっても、(実力差は)離れる一方だと思います。

——ところで、私の子供時代、大阪・上本町にいたことがあったのですが清風高校の体育館って大阪・上本町ですよね。
増成監督:はい、公園の向かいのところ。

――「木村屋」(清風高校のそばにある個人商店)って知っていますか?僕はそこで「ピロマヨ」(ピロシキのマヨネーズ付き、店の名物になっていた)を買ってました。
増成監督:木村屋、行ってましたねー。3年生になったら、後輩に「行けー」と言ってましたけど、1年の時は先輩から「5分以内でいってこいよ」っ言われてました(笑)。高校に入った時、1年生で約束事を知らなくて、おばちゃんから「先輩が先でしょ」と言われました(笑)。「あなたまだ入ったばかりで、まだ知らないでしょ」って。あと、あの時は丸坊主でしたね。ハチマキで「清風魂」としめて。

——思い出話もしていただき、ありがとうございました。

増成一志(ますなり・かずし)
1962年9月22日、兵庫県姫路市出身。大阪の強豪校・清風高校を卒業後、象印タフボーイズ(1998年に廃部)に入団。セッターとして活躍する。その後、廃部に伴った移籍など、様々なチームを渡り歩く。大分三好では、40歳を超えていたがコーチや監督兼任で現役選手としても活躍した。大分三好で現役選手を引退し、豊田合成でセッターコーチを務めたあと、2014年にジェイテクトへコーチとして加入。2015/16シーズンより監督。54歳。
歴代所属チーム:清風高校→象印→豊田合成→住友金属→象印→NCI→堺→旭化成→大分三好→豊田合成→ジェイテクト

聞き手:大塚淳史

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