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インタビュー

2019-03-01 12:00 追加

富士通新人セッター対談:長谷山 拓・尾木 将 お客さんを巻き込んで盛り上げていく「富士通スタイル」に、驚き戸惑いながら日々成長

V男子

--バレーボールを始めたきっかけを教えてください。

尾木選手

 

尾木:小学校1年の終わりくらい、2年生になるタイミングでバレーを始めました。自分は地元が広島で、住んでいるところはバレーボールが盛んで、野球やサッカーをしている人よりもバレーボールをしている人が多いくらいの感じでした。周りにバレーをしている小学校の先輩とかが多くて、可愛がってもらってて、やってみたいなという気持ちになって、始めました。

長谷山:僕は小学校3年生でバレーを始めました。6つ上の姉がバレーボールをやっていて、小学校入る前から土日はずっと練習について行っていく感じだったので、その影響で始めました。

--セッターになったのはいつ頃からでしたか?

尾木:セッターを始めたのは中3の時、JOCカップの時に、セッターやってみる?と言われて、そこからセッターを始めました。それまでは、基本的にスパイカーでした。リベロやセッターもちょっとだけやったことありましたが……。

長谷山:セッターは……ちょっと長くなるんですが(笑)、高校2年の時、紅白戦をする、というときに、セッターが同期の1人しかいなくて、それだと紅白戦ができないのでもうひとり誰かセッターを、というところで練習を始めました。その後、同期のセッターがケガをしてしまって、代わりに大会に出ました。

--その前はスパイカーだったんですか?

長谷山:スパイカーだったり、リベロだったり。ちっちゃかったんで……中学3年のときは身長160cmくらいだったので、スパイカーの身長でもなくて、主にリベロやレシーバーをやっていました。

--おふたりは同い年ですが、お互いを知ったきっかけはどんなところでしたか?

長谷山:会社に入ってからです(笑)

--え、そうなんですか!何か接点があったのかなと思ったんですが…

尾木:練習試合をやったこともなかったです。

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