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会見・コメント

2019-06-10 18:30 追加

プリンセスメグ・栗原恵引退会見全文前編「お疲れ様。メグのおかげで家族は楽しかったよ」という父のメールに涙腺がゆるみました

V1リーグ 女子

――ご家族などの報告は。

仲間からはありがたいことに、まだ一緒にやりたいと言ってもらえる機会がすごく多くて。
正直自分の若いときに描いていた自分のベテラン像というのは、いつ切られてみてもおかしくないネガティブなイメージを持っていました。
実際にベテランになってみて、それでも一緒にやりたいと若い選手たちに言われるのが嬉しく、素晴らしいご縁を頂いたなと思います。

家族には吉原監督に承諾をもらえた日に、父にはショートメール、母にはラインで報告しました。
父からはショートメールなのでとても短いのですが、「お疲れ様でした。メグのおかげで私達家族はとても楽しませてもらった。ありがとう。」
悔しい思いをたくさんさせてしまったなと申し訳なくおもっていたが、楽しませてもらったという言葉をもらったときは、ちょっと涙腺が緩んでしまいました。

――お母様は

ひとことよく頑張りましたと。

――家族の支えは大きかったと思いますが、その言葉を受けて。
自分は田舎産まれで田舎育ちなんですけど、島を飛び出した中学生の時に、母からやって後悔するか、やらないで後悔するかは自分で決めなさいというその一言のおかげで今の人生があるので、本当に感謝しています。

全日本の後輩たちへ
――小学生から始めたプリンセスメグのバレー人生は?

怪我も多くて、みなさんにはご心配をおかけしたり、一緒に悔しい思いをさせたりしましたが、トータルとして、バレー人生の目標として、コートをさるときにバレーボールをやってきてよかったと言えるように目標にしてやってきたので、思い描いたとおり。チームメイトに大好きと言えるくらいのプレーができた。何より幸せな選手生活だった。

――後悔はありませんか。

そうですね…はい、ありません。

――たくさんもの怪我がありながらも、17年続けられた原動力は。

先程もお話したとおり、怪我が多い選手ではあったんですけど、たくさんの方に今もなおもう少しコートに立つのを見たかったというのが励みになった。その都度その都度ファンの方や支えてくださる方に恵まれて、今こうしていられる。ファンの方の存在自体が大きな原動力になっていたと思います。

――今後の目標、夢は。

最初の挨拶でそれを述べるつもりはなかったんですが、緊張のあまり言ってしまいました。まずは、応援してくださった皆様に感謝を伝える場。
今後については、可能性を広げて下さる事務所に所属させてもらっているので、自分に何ができるのか、皆様からも勉強させてもらいながら、バレーボール界、スポーツ界に恩返ししたい。

――やはり今後もバレーボールに携わる解説や指導者に?
自分ではちょっと全然イメージができてない。向き不向きもありますので、皆様から勉強させていただければ。

――モデルさんなんかも見てみたいですが

ありがとうございます(笑)。

――応援してきたファンの皆さんと、来年の東京五輪に向けて練習を積んでいる後輩の皆さんにアドバイスを。

偉そうに言える立場ではないですけど、オリンピックは出場するだけでプレッシャーの掛かる国を背負うということはそれだけの重みのあること。それがさらに東京でということで必要以上にプレッシャーが掛かるので、私もわかるので、それ以上のプレッシャーは書けたくない。今後は一ファンとして頑張っている後輩を応援したい。

栗原恵
187cmの長身から繰り出される強打やジャンプサーブを武器に、山口・三田尻女高(現誠英高)1年で全国総体、国体、春高の高校3冠を達成し、3年時に全日本デビューした。「プリンセスメグ」の愛称で、同学年の大山加奈さんとのコンビは「メグカナ」と呼ばれ、日本中に大ブームを起こし、アテネ大会の出場権獲得につなげた。

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