2014-07-22 12:57 追加
川村慎二 パナソニックの、生命線。
SV男子
全日本メンバー抜きの優勝
この引退記事のために取材をした後、彼にとって一番楽しかったという2008年の黒鷲旗大会の映像を探したのだが、残念ながら私の録画したDVDの中にその試合はなかった。友人知人に手当たり次第頼みまくって、ようやく決勝のビデオを見ることができた。川村が最初に黒鷲賞を受賞した大会である。北京OQT(オリンピック最終予選)を控えて全日本組が抜けたため、パナソニックは宇佐美大輔、山本隆弘、谷村孝、岩田正之と4名を欠いた。久保尚志が手術したり、けが人が出たこともあり、ベテランの小糸まで登録しても、10名しかいなかった。セッターが2人抜けたので、トスを上げたのは1年目の新人、大竹貴久ただ一人。オポジットには本来ミドルブロッカーの今井啓介が入っていた。
決勝の相手は楊成太監督率いるNEC。黒鷲旗連覇がかかっていた。全日本で抜けたのはミドルの松本慶彦一人だけ。だから、NECには流れを変えるためのメンバーチェンジをする余裕も普通にあった。1、2セットは楽にパナソニックがとったが、ここで楊監督はレフトの金子隆行に代えて細川延由を、司令塔も高橋慎治から管直哉にチェンジした。この起用は当たり、3,4セットはNECがものにする。5セット目も出だしはNECがリードした。競り合ったまま終盤をむかえ、パナソニックが先に13点目をとり、川村にサーブ順が回ってきた。川村はきっちりといいサーブを入れてNECのレセプションを崩し、ブレイクをとって、マッチポイントになる。そして、深呼吸を一つして、再びサーブを打ち込む。ノータッチエース。これでパナソニックの10年ぶりの黒鷲旗優勝が、しかも主力を4人欠いた中での優勝が決まった。
最大の魅力
この試合終盤、それも競り合っている中での終盤で、攻めるサーブをきっちりと入れていけるのは、デビュー当時から引退する間際までずっと通しての川村の特長の一つだ。しかし、この終幕はできすぎと言っていい。もちろんヒーローインタビューも彼だった。いつもはそつのない応答に終始する彼だが、このときはさすがに言葉に詰まり、ただ「ありがとう」を何度も繰り返していた。試合後に黒鷲賞受賞を南部監督から告げられた時、川村は人生で初めて武者震いしたという。「南部さんに対してですけどね(笑)」と関西人らしく落ちを付けるのは忘れなかったけれど。
最後のノータッチエースも鮮やかだったが、それ以上にこの試合で印象に残ったのは、4セット目の終盤のことだ。NECに5点差を付けられて、南部監督はオポジットの今井をベンチに下げてレシーバーの小糸を入れた。このセットはもうとれないと踏んで、来る5セット目に備えてのことだろう。1,2セットはおもしろいように決まった今井も、途中から入った細川にがっちりブロックでつかれ、シャットされたりミスしたりするようになった。クイックにもコミットがつくようになった。NECがセットポイントの24点に乗せてから、連続で川村にトスが上がり、川村はそれをしっかりと決めた。それも、一本目は斜め後ろから来た難しい二段トス。
結局そのセットはとりきれなかったが、23点まで追い上げての終わりだった。この終わり方はもちろん、次のセットにも影響する。こういう時――セット終盤に点差を付けられて、監督もこのセットに見切りを付け、攻撃の主軸を休ませるためにベンチに下げたりした時――コートに残された多くの選手は「このセットは捨ててもいいんだ」と思いがちだ。そして安易に打ってブロックされたり、つなぎがおろそかになったりする。しかし、川村慎二はそれをしない。相手がたとえ24点に乗せていても、コートの上にいる限り、手を抜いたり、自棄になったりはしないのだ。常に目の前のボールに集中し、自分にできる限りのプレイをすることにベストを尽くす。
それが私が彼に惹かれた最大の理由だった。
もちろん、ワンタッチされたボールが飛んだ先になぜかいつもいるような「読み」を含めたつなぎのよさも、安定したレセプション力も、確率よく効果の高いサーブを入れていけるサーブ力も、ブロックがついた時にタイミングをずらしたりして決して簡単にキルブロックされないところも、彼の魅力なのは間違いない。しかし、彼の最大の長所は、この、どんなに追い込まれた状況であっても、決してあきらめない、リードしている時でも隙を見せず、狩りの手を最後まで緩めることのないメンタリティだと思う。鋼鉄の、と書こうとして、それは少し違うなと思い直した。それよりはもっとしなやかに、でも研ぎ澄まされた集中力を保ち続ける。コートの中に一人こういう選手がいれば、他の選手も影響を受ける。彼自身によるプレイそのものだけでなく、周りへの影響も含めて、彼を知る人は皆言うのだろう。「川村が入ると、必ず流れが変わる」と。
言ってしまえば、彼より能力の高いプレイヤーは、いくらでもとは言わないが、日本にもそれなりに存在する。彼より身長が高かったり、ジャンプ力があったり、パワーがあるような…。だが、彼らが常に安定してベストのプレイができるかと言えば、それはノーだ。むしろ、プレッシャーのかかる場面で力を発揮できる選手の方が珍しい。
それに加えて、「どんなに追い込まれた時でも決してあきらめない」というのは、言葉にするのは簡単だが、実際にそれができる選手はほとんどいない。その姿勢を貫き通せたなら、たとえ結果としては敗れても、見るものの胸を打つ。2007年のワールドカップで、全日本男子が王者ブラジルを相手に演じた死闘のように。
2013年春の黒鷲旗決勝もそういったたぐいの試合だった。この大会自体、パナソニックは危ない橋を渡り続けてきた。グループ予選で、プレミア昇格の決まった勢いのあるジェイテクトに2セットを先取され、次のセットも7点差までリードされたところからじりじりと点を取り返し、辛くも勝利をもぎ取った時も、準決勝で堺にリードされ、山本と大竹の途中出場でなんとか流れを変えて5セット目を勝ち取った時も、そして決勝で一時はマッチポイントを握りながらも、ウォレスが爆発してサントリーが逆転勝利をおさめた時も、最後の1点が入るその時まで、川村は一瞬たりともあきらめの表情を見せなかった。ただひたすらに目の前のワンプレイに集中し続けていた。
プレイも、キャプテンとしての行動にもとりたてて派手さはないが、これは希有な特質だと言って良いだろう。「どんな状況下でも目の前の一球に集中すること」。頭では分かっていても、それを実行することは、それも常にし続けることは、難しいのだ。2013/14シーズン、初めて川村に注目しながらリーグを見ていても、それはいつも感じられた。
だから、私は彼がシニアで日の丸を付けて戦う日が来なかったことをとても残念に思っている。ほぼ格上の相手とばかり戦わなければならない全日本でこそ、彼のこの特質が活かされたのではないかと思うからだ。もちろん、確率の高いサーブ力や安定したレセプション力といったテクニカルな部分でも、全日本が苦しんでいるところを備えていたのは間違いない。
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