2018-08-11 12:00 追加
サントリー酒井大祐「この人とやれてよかった」と思われる指導者になりたい 後編
SV男子
――最後の年はリリーフレシーバーなど、今までにないポジションだったり出場機会に恵まれませんでしたが。
酒井:本心では、やっぱり出続けたいという思いはありましたけど、監督の求める形を頑張るのが結局は出場機会も増えますからね。心の中ではいつでも葛藤していました。でもすごくいい経験になりました。あとからいくリリーフの気持ちがわかったり。一選手としたらしんどかったですね。自分が出て勝つ負けるをずっと味わっていたかったですね。
――引退を決意されたのは。
酒井:リーグ終わりくらいですね。自分で思っていたところもあるし、そういうお話があったのも事実。その後のこともお話いただいて、自分の中でけじめがつきました。
――柳田選手との出会いは。
酒井:最初は本当にしゃべんないし、目も合わせないので、「こいつふざけてんのかな?」とちょっと思ったり(笑)。もう少し経ったら「対人恐怖症なのかな?」と思ったり。「ネクラなのかな?」とすごく思いました。でも、彼が高校の時に全日本のミーティングで1回会ってるんで、「こいつがすごい」とかは全く思ってないです(笑)。こんな事を言うとマサのファンに怒られますね(笑)
――でも、柳田さんに聞くと、酒井さんといろいろお話して影響されて、プロになったと。
酒井:いろいろメディアとかでそう言ってますよね(笑)。プロになることのメリット・デメリットについては話しました。あいつの場合社員も経験しているから、社員としての安定というよさの部分も十分わかってると思う。プロになったらこういうことができるよとか。あとは自分がプロとしてやってるところをみてくれてそう思ってくれたのかもしれませんね。具体的には、福利厚生がないよとか。全部自分の責任だよと。
――今、彼はプロとして海外で活躍してますが。
酒井:頑張ってるなーと思いますね。キャプテンじゃなくても頑張るだろうと思いますけど、いろんなことを経験させてもらえてるんだなと思います。
――今の全日本を見て思うことは?
酒井:ちょいちょい見ますけど、全日本よりも、それを盛り上げる周りの人が気になっちゃいます。選手はみんな頑張ってると思いますよ。頑張ってるから「頑張って」とは言えない。
――サントリーのコーチをしているのは、予想していたことですか?
酒井:JT入ってからはちょっとずつ思いかけてましたけど、小中高大学では(地元に)帰って先生をやると思っていました。震災が起きたあとですね、指導者になろうと思ったのは。もっとこの道で頑張ろうと思ったんです。
――サントリーの任期が切れても、バレーには携わっていきたいですか。
酒井:そうですね。今は指導者のスキルが無いので、勉強しながらで精一杯ですが、今後も携わっていきたいです。
人生でいうならば、指導者としてスタートをきった今、選手たちが「こいつとバレーやってよかったな」と思ってくれる人材になりたい。
――思い出に残っている試合を挙げてください。
酒井:インカレ優勝。JT入った初戦。内定の時。あとJTの入れ替え戦と、優勝と、サントリーの入れ替え戦と、マサが最後にいたリーグのファイナル6のパナソニック戦ですかね。JT初優勝はいろいろ大きかったですね。やめるとわかっていても、勝ってよかったなと思います。
――JTの町野さんも同期で一緒にやめましたね。
酒井:あいつとはよく喧嘩もしたし、でも学ぶことも多かったです。
――まだ続ける阿部さんに。
酒井:阿部は、40の壁を超えるために、体を鍛え直してもらって。全然行けると思います。
――人生を変えた人3人を教えてください。
酒井:宇佐美さんと積山先生。高校のときの恩師・鈴木先生。JT入ってからだったら、刈谷さん。山下部長。あと深津も入るかな?あいつクソ生意気だったんですけど、でも的を射ていることを一番下なのに言ってくれたんです。僕が雰囲気を悪くしてるとあいつが言ってきたんです。そんなつもりはなかったんですけど、気付かせてくれましたね。あいつが22才くらいの時。
――新人なのに、ベテランの酒井さんに!
酒井:そうなんです。あいつ、そういう骨のあるやつなんですよ。
――最後にファンの皆さんに。
酒井:ここまで選手として応援してもらって本当にありがとうございました。いろいろな評価をしていただいたり、ブログでコメントしてくれたりというのが嬉しくてがんばれました。感謝でいっぱいです。これからコーチとして進んでいく上で、サントリーのファンの皆さんには、選手がいい悪いという声を上げてほしい。応援してくれる中での叱咤激励をしていただければと思います。
酒井 大祐
サントリーサンバーズ
1981年10月22日(36歳)出身地 福島県南相馬市
身長 180cm
体重 76kg
ポジション リベロ
所属 サントリーサンバーズ
東海大学からJTに入社し、2014/15シーズンにチーム史上に残る初優勝に貢献するも、その翌日に契約解除。サントリーに移籍。2011年に起こった東日本大震災の際、酒井の実家や母校が被災したものの家族は無事だった。2018年4月、第67回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会をもって現役引退し、5月にサントリーのコーチ就任が発表された。全日本として2010世界選手権、2015ワールドカップなどに出場。
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