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インタビュー

2020-04-29 12:00 追加

モッタ パエス・マウリシオコーチ(パナ)「とても素晴らしい4年間でした。ただ家族のもとに帰る時が来たのです」

マウリシオコーチインタビュー

V1リーグ 男子

パナソニックパンサーズのモッタ パエス・マウリシオコーチが、2019-20シーズンをもって退団となった。2016/17シーズンに入団後、チームに変革をもたらし、数々のタイトルをもたらした大きな原動力となった。マウリシオコーチに、パンサーズについてや選手へのメッセージなどお話を伺った。

――パナソニックから退団されますが、そのいきさつを教えてください。
モッタ パエス・マウリシオ(以下M):日本で4年間過ごして、私は日本が大好きで、Vリーグも天皇杯も黒鷲旗も全部大好きです。しかし、ホームに帰る時が来ました。家族のもとに帰る時が来たのです。これが一番の理由です。

――次はフランスのチームの監督になると伺っていますが。
M:そうです。私はフランスのチームとの監督の契約にサインしました。トゥールコアンのチームです。そこでの仕事が私の次のチャレンジとなります。

――パナソニックに来る前のキャリアを教えて下さい。
M:パナソニックの前には、私はフランスのトゥール・バレーボールに5年間いました。また、ブラジルのナショナルチームでシニアとU23のチームで仕事をしていました。私の経歴はとても多いので、もしあなたが本当に知りたければ私のCV(経歴書)を送りますよ(笑)。その他には、1996年のオリンピックのビーチバレー。あとは8回のフランスリーグ制覇、4回のカップ戦優勝、2回の欧州のカップ戦優勝、この他にも男女様々な経歴があります。とても多すぎてここではすべて説明できません。

――着任した当初のパンサーズの印象はどうでしたか。
M:とてもよい印象でした。私の身の回りの環境のすべてがとてもよかったです。練習環境や生活環境などです。もっとも感銘を受けたのは、選手たちの練習に対する意識がとても高くスキル向上のために取り組んでいて、私が彼らにやってほしいことに対して、とてもオープンに受け入れてくれたことです。それは本当に素晴らしいことでした。

――着任1年目には、優勝候補にあげられながらも、怪我人続出で5位という成績。そのとき考えたことは何でしたか。
M:1年目のスタートはとてもよかったです。私たちは開幕12連勝していました。しかし、12月から問題が、つまり怪我が発生し始めました。最初は事故でしたが、福澤達哉選手がパイプ攻撃時に山内晶大選手の足を踏んでしまいました。またその後山内選手も足首をひねり、ミハウクビアク選手はふくらはぎを、清水邦広選手は脚を痛めました。その後で特に大きく方針を変えることはしませんでしたが、より練習の強度をコントロールして、ひとりひとりに合った練習を心掛けました。このように特に練習を大きく変えたりはしませんでしたが、このときにチーム全員で戦っていこうという意思が強くなりました。それが2シーズン目の3冠に繋がったのだと思います。

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