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バレーボールマガジン>インタビュー>ハイキュー!!演劇俳優が奮闘するVリーガーと異色の2刀流 千葉ZELVA羽富琉偉「ハイキュー!!がまたバレーの道を拓いてくれた。千葉に根ざしたVチームとして活躍したい」

インタビュー

2022-05-16 11:12 追加

ハイキュー!!演劇俳優が奮闘するVリーガーと異色の2刀流 千葉ZELVA羽富琉偉「ハイキュー!!がまたバレーの道を拓いてくれた。千葉に根ざしたVチームとして活躍したい」

羽富琉偉インタビュー

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モデル・俳優業との二刀流という異色のVリーガーがいる。それが羽富琉偉(千葉ZELVA)だ。実は筆者は、羽富とは少しだけ縁がある。筆者はもう20年以上バレー記者をしているのだが、何年か前に元日本代表の柴田恭平から電話がかかってきた。「金の卵を見つけたから、取材に来てやって」というもの。彼はその頃、羽富が通っていた境高校でバレー部のコーチをしていた。柴田があまりにも熱心に言うので、ひたちなか市でやっていた茨城県大会を取材に行った。191cmあるという羽富は、朴訥そうな笑顔で「将来の目標は?」といった質問にハキハキと答えてくれた。その後柴田に頼まれて順天堂大学のバレー部監督に連絡を取り、羽富は順天堂に進学できることになった。行く末が楽しみだなと思っていたが、どうやらバレー部をやめてしまったらしいということを風のうわさで知った。心配だったが、赤の他人がそれ以上どうすることもできずに時がたった。

羽富の名前がまた筆者の界隈で浮かんだのは、「ハイキュー!!」演劇の演者としてだった。「ハイキュー!!」とはもちろん少年ジャンプで大人気を博したバレー漫画で、舞台化も成功を収めているらしいことは筆者も知っていた。そして前後するように「トライアウトを受けてVリーガーになった」ということもわかった。V3の千葉ZELVAというチームだという。これは見に行かなければ、と思いつつなかなかV3というカテゴリまでは手を伸ばせず、試合での彼は未見のままである。2021/22シーズンは千葉ZELVAはV2でプレーし、3勝25敗(新型コロナウィルス感染者発生での中止試合によるみなし開催を含む)でV3に降格が決まった。それでも羽富はこのチームでまた一から昇格を目指したいと前を向く。

念願の公式戦でコートに立つ羽富 胸にはスポルディングのロゴが輝いている

コートに向かう羽富。ランウェイを歩くよりも緊張するという

柴田恭平との出会いが羽富のバレー人生を変えた
境高校でバレー部を選んだのは、そんなに厳しくなさそうだから、という羽富はコーチとして赴任してきた柴田を見て「圧倒されました」という。「恭平さんは自分より身長が高くて、何より体が分厚かったんです。筋肉で覆われていて。指導も厳しいですけど細かいところまで丁寧に教えてもらいました」と懐かしく振り返る。ただ、進学した関東一部の強豪である順天堂大学バレー部で周りの選手を見て、自分とのギャップを感じた。そんなときに白血病を克服したモデルのランウェイを見たのがきっかけで、自身もモデルを目指すことになる。バレーとの両立ができるかに悩んだ末に、退部を決めた。モデルとして厳しい節制に取り組み、1年で体重を90キロから65キロに落としてどんな服でも着こなせるようにした。その努力は実を結び、2017年AMAアジアスーパーモデルコンテストに唯一の日本人代表として出場した。柴田にそのことを連絡すると、「バレーでなくてモデルの世界であっても、お前が日本代表として出場することを誇りに思うよ。自分自身を認めてやれよ」と激励のメッセージが返ってきた。羽富は感謝の気持を胸に、さらにエンタメの道を進んでいった。2018年、2019年には前述したように演劇「ハイキュー!!」に伊達工業・黄金川貫至役として出演した。ここでバレー経験者の彼はもちろん重宝され、充実した日々を送った。舞台の最終日にはスタンディングオベーションされ、感激で涙があふれた。そんなハイキュー!!演劇が、再び彼をバレーの道に結びつけた。「共演者の方にバレーの知識を共有したり、バレーの動画をあげたりするとすごく反応があったり。お客さんにもハイキュー!!を好きになってバレーボールも好きになりましたという方もたくさんいてくれて、演劇を通してさらにバレーを突き進めたい、この観客に大歓声をもらうことをバレーでもしたいと思いました」。

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