2015-08-04 20:52 追加
レゼンデが目指したバレーボールの姿 第5回
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OPを交代させる理由
そもそも、ロシアはなぜOPをムセルスキーに交代したのだろうか。
世界のトップカテゴリでは2000年代中盤から「脱スーパーエース」が進み、勝ちゲームではOPの打数がそこまで多くないことも多い。しかし、それは「OPが十分に機能しているから」こその現象であり、OPの攻撃(や前衛WSのサイドからの攻撃)を見せ球として、ネット中央付近のスパイカー(後衛WSのBickや前衛MBのクイック)で点数を稼ぐというのが現代バレーにおける勝ちゲームの典型的な展開であるといえる。そのため、OPが機能しておらず、攻撃が通用していない局面で「OPを変えて相手の目先を変える」という戦略は決して珍しいことではない。2008年の北京オリンピックの決勝でブラジルはOPのアンドレをムーリオやダンテに忙しく選手交代していたし、2010年の世界選手権決勝でも、キューバは3セット目にWSのレオンをOPに配置していた。(ちなみに、どちらの試合でもOPを交代したチームは負けている。)ロンドンオリンピック決勝でのロシアも同様に「どうにかしてOPを機能させたい」と考えた結果がムセルスキーをOPに配置することであった。ここで重要なのは「OPを交代することはギャンブルである」ということであろう。普段から控えのOPに交代しているのならまだしも、ほとんどOPとして試合をしていない選手に交代するというのはそれだけそのチームが追い込まれているということである。では、OPとして出場したムセルスキーに着目してみよう。
次の写真はOPのムセルスキーのスパイクの瞬間のものである。公式発表では、ムーリオの最高到達点は343cm、ダンテは345cm、一方のムセルスキーは375cmであった。この高さで打たれたらリード・ブロックはもちろん、コミットしても止めることは難しかった。
ムセルスキーは規格外の高さだから止まらなかったのか?
テンポの概念ではブロッカーが助走出来ない局面では、しっかりと助走を取った相手スパイカーに対してブロッカーは不利になることはレゼンデバレー第4回で書いた通りである。
今回のオリンピックではさらに、スパイカーとブロッカーが共に助走が取れる局面では、最高到達点の高い方が有利であるという結論が導き出された。それなら、長身で最高到達点の高いスパイカーにハイセットを上げてさえおけば勝てる、という単純な話になるのだろうか。2000年代中盤からもてはやされたファースト・テンポはもはや不要なのだろうか。
筆者はムセルスキーが止まらなかった要因は、ムセルスキーが「ファースト・テンポでライト側から攻撃をしていたから」であると考えている。それは以下の様な理由からである。
アタッカー対ブロッカーが1対1であれば、最高到達点の高い方が有利である。ファースト・テンポの同時多発位置差攻撃の局面では、ブロッカーがコミットした場合でもスパイカーと1対1になることが多い一方、ハイセットであれば2対1や3対1になることが多い。こうした数的な優劣も考える必要がある。また、ファースト・テンポの場合は、セッターがスパイカーの最高到達点を損なわないようなセットをきちんと供給できさえすれば、攻撃自体は簡単であることも重要であろう。
スパイクに関する科学的事実として…
テンポは、アタッカーの助走動作で決まる。
打点高は、セッターのセット軌道で決まる。(ファースト・テンポの場合)
ということが言える。純粋なサード・テンポのハイセットであれば打点高はスパイカー自身の助走のタイミング調節などに大きく左右されてしまう。一方、セットされたボールによって助走のタイミングなどを調節する必要がないファースト・テンポであれば、普段あまり専門的に行っていないライト側から攻撃する場合でも、ムセルスキー自身の打点高を損なわずに済んだ、と言える。
実際に、ムセルスキーの助走が十分でない局面や、サード・テンポのハイセットで打点が低くなった時に相手のブロックに引っかかるシーンも見られた。これはムセルスキーの身長が「規格外の高さだから止まらなかった」わけではない、という証拠でもある。
ブラジルに足りなかったピースとは
では、ブラジルが金メダルを獲得するために足りなかったピースは何だったのだろうか。レゼンデバレー第3回の最後で少し触れたが、WSには「相手のオポジットと1対1の局面で、オポジットの攻撃に対抗するブロック力」が求められるようになっていた。2セット目までブラジルのWSはこの役割を十分に果たしていたと言える。しかし、OPがムセルスキーになってからはこの役割を果たすことができなかった。
実は、相手のOPが止まらなかったのはロンドンオリンピックの決勝が初めてではない。2010年の世界選手権決勝の3セット目、キューバのレオンがOPと出場した時も攻撃を止めることができなかった。当時は、(ムーリオが捻挫をしていながらプレーを続行していたことも影響しているかもしれないが)ムーリオとヴィソットがスイッチをして、ヴィソットがレオンに対してブロックを跳ぶという戦略をブラジルは採用していたが、スイングブロックをしないヴィソットはレオンに対して有効なブロッカーではなかった。(スイングブロックをしていたダンテでも止めることはできなかった。)
決して大型のWSではないムーリオはスイングブロックを活用し「相手のオポジットと1対1の局面で、オポジットの攻撃に対抗するブロック力」を発揮していた。しかし、アタッカー対ブロッカーが1対1であれば「ファースト・テンポの場合は、優劣はプレイヤーの最高到達点で決まる」ため、最高到達点で30cm以上違うムセルスキーを抑えこむことができなかった。そうした「高さ」に対抗するためにはWSの大型化が求められることは当然と言える。ダンテは2mオーバーの身長であったが、ロンドンオリンピックでは膝のケガもあり万全の状態ではなかった。ブラジルの他のWSも決して大型のWSではなかった。
筆者は4セット目にジバが先発したとき、ブロックの高さを出すためにはジバよりもチアーゴの方が良いのではないかと思った。と同時に「ブラジルにはムセルスキーに対抗するブロック力を持ったWSがいない」ことにも気づいた。レゼンデやスタッフも同じことで頭を悩ませたであろうことは当時の映像を見ると理解できるはずだ。
WSの大型化が進まなかったことがブラジルに足りなかったピースだったのである。
これからの戦術についての考察
2000年代中盤のブラジルは、多少乱れていても無理やりファースト・テンポの攻撃を繰り出していたり、2010年の世界選手権決勝ではハイセットの局面で強打が殆ど無かったり、WSの攻撃手段としてハイセットをあまり重視していなかったという事実がある。しかし、ロンドンオリンピックやそれ以降では、しっかりとハイセットを打ち切る場面が明らかに増えている。リベロのセルジオが以前はよく行っていたジャンプ・セットでサイドへ低いセットを供給するプレーは最近ではほとんど見られなくなり、リベロはしっかりと高いハイセットを供給するようになった。更に細かく見てみると、ラリー中などは助走の取れない状況の選手に無理やりセットするのではなく、助走をしっかりと取れる選手にテンポに関わらずセットしているように見える。
最近の大会に目を向けてみよう。オリンピック後の2014年の世界選手権や2015年のWLではサイドへのセットが短くなったり、低くなったりした途端にブロックの餌食に合うシーンが多く見られた。これからは、セッターのセットによって相手のブロッカーを振るという考え方ではなく、いかに高い確率でスパイカーの最高到達点付近へボールをセットし、スパイカーのお膳立てをするかという考え方がこれまで以上に重要になってくるであろう。ロンドンオリンピック後、これまでにあげたようなシステムをきちんとアップデートしたと思われる国もいくつか見られており、そうした国は順調に強化されていることが伺える。
今まで5回にわたって戦術面や技術面の視点で世界各国の取り組みを見てきたが、こうした視点で世界大会を見てみると、また新しい発見があるはずである。最後に、「コミットしても止まらないクイック」を止めるためにブラジルが試行錯誤している様子を示しておく。
写真:FIVB
文責:手川勝太朗
1981年生まれ。神戸市立大原中学校 教諭。
専門はバレーボールの戦術論。YouTubeへの動画投稿で女子中学生でもファースト・テンポの攻撃など、世界標準のバレーボールができることを示し、2012年7月に三島・東レアローズにて開催された日本バレーボール学会主催「2012バレーボールミーティング」で、オンコート・レクチャーを務めた。
2014年5月に、『バレーペディア』完全準拠の初の指導DVD「『テンポ』を理解すれば、誰でも簡単に実践できる 世界標準のバレーボール」(ジャパンライム)を発売。
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第1回 北京オリンピックで見えた課題 -オポジットを機能させること-
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第2回 北京オリンピックで見えた課題 -サーブ・レシーブがアタック・ライン付近に返球された時にMBの攻撃を機能させること-
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第3回 北京オリンピック後に世界各国が取り組んだバレーボール(世界標準の変遷)
- レゼンデが目指したバレーボールの姿 第4回 コミットしても止まらないクイックとは?
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