2020-12-28 08:00 追加
新監督に聞く JT広島・原秀治さん「どうしてもまたバレーに携わりたかった」
SV男子
―ーJTを離れている間に初優勝があったが。
原:僕が現役を引退するときに「僕のバレー人生に一片の悔いなし」とかって言っちゃったんですけど、本当は優勝してないから悔いが残ったんですよ。で、コーチになってその時も優勝できなくて、やっぱりそういうのを…コートに(優勝して)いられるチャンスがあるんでね。こんなチャンスをくれたJTの方々にも感謝してますし、大野石油の社長にも「あんたが決めたことやったら応援するよ」って言ってもらえたんでありがたいですね。
―ーJTサンダーズ広島と名前を変えたことについては。
原:広島にはカープもあるしサンフレッチェもあるし、ドラゴンフライズとかスポーツチームもいっぱいあるんですけど、広島の方に一番応援してもらえるっていうのが選手もだし会社もだしすごい励みになりますので、地元の方の応援をもらえるような…
僕が入ったときは「専売広島」っていってたんですよ。僕は元に戻ったなあという印象はあるんですけど、当時はそんなに広島にこだわってなかったような気がするんです。今は、地域に根付いたチームっていうのは僕はいいと思いますね。
――新リーグで何が変わったか。
原:ホームゲームが多くなりましたんで、運営とかも全部チームでやれみたいな感じなんで、お客さんをたくさん呼べるような企画も考えなければいけないし…。
ホームゲームだと中国5県とか狭い範囲になってしまうんでね。昔だったらドサ周りじゃないですけど田舎のほうに回って…。逆に僕は、バレー人口を増やすんだったら地方でやったほうがいいんじゃないかって勝手ながら思っとるんですけどね。HGの良さを地方の開催につなげていければ、いい運営になっていくんじゃないかって思うんです。
新リーグ…正直あまり変わってないですよね…。オリンピックの関係でファイナルがステップダラーになりました。実はそのステップダラー方式で、僕は現役の時に最後新日鐵に負けてるので、いいリベンジになるんじゃないかとちょっと思ったりしました。まだシャトーノフとか、シシキンとかおった頃で、サイドアウト制だったんですけど(笑)
―ー今季の目標は。
原:日本一が目標。それに少しでも手助けというか、選手に気付きとかそういうのを与えられるような監督になりたいなと思っとるんです。まあ一番はリーグで優勝っていうのがありますんで、それに向かって全員でいきたいなと。
原秀治(はら ひではる)
1965年3月22日生まれ。鹿児島県国分市(現霧島市)出身。鹿児島商業高校卒業
1983年に猫田勝敏にスカウトされ、専売広島バレー部(現JTサンダーズ広島)に入部。ちなみに猫田が最後にスカウトした選手である。1994年から始まったVリーグにもJTサンダーズ(当時)の一員として引き続き参加、エースとして活躍した。
全日本では1986年世界選手権に出場。1987年アジア選手権優勝。1988年ソウルオリンピック代表。翌1989年ワールドカップ出場、同年のアジア選手権準優勝に貢献した。
1998年、現役引退。現役引退後、ゲンナジー・パルシンの下、JTでヘッドコーチとして活躍、2006年にコーチを勇退した。その後は日本たばこ産業での社業。
2017年6月、女子V・チャレンジリーグIの大野石油広島オイラーズ監督に就任した。同チームの監督を2シーズン務めて退任し、2019年6月、14シーズンぶりにJTサンダーズ広島のコーチに復帰、2020年度監督に就任。
球歴
オリンピック – 1988年
世界選手権 – 1986年
ワールドカップ – 1989年
アジア選手権 – 1987年、1989年
写真:黒羽白
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