2016-06-27 09:00 追加
『つなげたから』五十嵐元 引退記事(1)
V男子
--合成には2008/09シーズンまで在籍して退団、大分三好に移籍されました。
あきらめがつかなかったから、V・プレミアのどこかでやれないかな、どうにかならないかなと思っていたんですが、なかなか具体的な話にならなかったんですね。という状態で、合成を浜崎(勇矢)が同じタイミングで退団してて。浜崎は地元九州ということもあって、早めに三好に決まっていたんですね。それで、僕がなかなか決まらない状態を見かねてというか、ちょっと三好に話をしてくれて、僕もちょっと拾っていただけるんなら、ということで、なんとか入団させてもらった、というのが経緯です。そういう意味ではもう、ケガで実績も全然出てない僕を取ってくれた、三好の部長…院長には、ものすごく感謝してますね。
--そして三好に入られて。
ちょっとバレーボールから離れた時間もあったので、最初はまだ、すごくぎらぎらしていて、まだやれるんじゃないか、やってやるぞ、というすごい気持ちがあったんですけど、もちろん、三好には、今までやってきた、というチームの色がありますので…。もちろん(V・プレミアリーグに)上がりたてで順位がなかなか上がってこないという状況を、どうにか、上に向けるきっかけになれば、僕らが何とかできないかなと思ったんですけど、なかなかそれもうまくいかなくて…そうやって考えると苦労ばっかりでしたね。
最初はなかなかこれじゃ難しいんじゃないかという思いもあったんですけど、そういう葛藤もありましたし、僕自身、チーム内競争が激しい中で、パフォーマンスが上がってきたわけでもなかったんで、なかなか試合に出る機会もなく…後半に、やっと結果として試合に出られたので…最初は苦労しましたね。
--3シーズン在籍され、キャプテンも務められたわけですが。
三好に移って1年目の後半に試合にも出始めて、やっと活躍できたなー、と思ってたんですけど、その年の黒鷲旗の順大戦で半月板をやっちゃって、またそこからパタッと試合に出なくなったんですよね。で、まあ、これだけケガをすると体のバランスが悪くなるというのか、どこもかしこも痛いという状態で、そのままその後の2年間を終えちゃったので。
--その三好の最後のシーズンに、つくばとチャレンジマッチをして、三好が残留して。
当時はけっこう僕自身は…チームメイトはどうだかわかんないですけど…、神経質になってたんですけど、あの入れ替え戦で僕は、こう、いろいろ…(ことばを選びながら)。
三好での3シーズンを終えて、体が限界だという思いで、そのシーズン限りで引退しようと思ったんですけど…
しかし、その後、新しい展開が待ち構えていた。(2=インタビュー後編へ続く)
聞き手:出口季里
写真:東海大学付属札幌高等学校男子バレーボール部、久坂真実、MIKA、出口季里
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